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無罪判決㉒ Bobbi Humphrey




“lover to lover”




ボビー・ハンフリーはやはりブルー・ノート時代のクールなサウンドが良く、EPIC移籍後はブラック・ミュージック感は強まったものの商業的な成功を意識した部分がありありで個人的にはあまり好きではなかった。だからもっぱら聴くのはBNの数作。これは、ボビー・ハンフリーがと言うよりもマイゼル兄弟が短い間生み出していた独特の浮遊感があまりにも至高の産物であったに他ならない。その稀有なブラック・フィーリングにボビー・ハンフリー、彼女の力強いフルートがベストな形でマッチしていたのだ。それはフルート奏者が創るソウル・ジャズアルバムとしては最高のコンビネーションだった。

ジャズのフルート奏者ながら、技術的にはけして巧いわけではなかった彼女が進む方向性としては、マイゼル兄弟で成功したように腕利きのサウンド・クリエイターに良質のバックグラウンドを作ってもらい、そこに乗っかるしかなかったと言うのが実情だろう。EPICに移ってからはさらに商業志向に進んで行く事となるが、それならそれで良しとしてもっと弾けてくれれば良かったのにフルート・プレイが前面に来るようなインストを数曲挟む「プレイヤーとしての自負」が中途半端に邪魔をするようなアルバムの出来栄えであった。

そんなイメージで遠ざかっていたこの「Tailor Made」だが、今回あらためて聴いてみるとBN時代のクールさがかなり残っており、ひとつひとつの楽曲もなかなかの佳曲である。そうか、そう言えばこのアルバムの立役者はスキップ・スカボロウだった。マイゼル兄弟とも一緒に仕事をしていた一時代の名クリエイター。派手な仕事はしないけれど時代の名曲に少なからず関わってきた人だけあってここでも渋くその手腕を発揮しているようだ。

そして彼女のもうひとつの武器はそのキュートなヴォーカルだろう。いや、フルートと同様でヴォーカルもけして巧くはない。しかしその可愛らしい歌声が一生懸命な所はどこか許せてしまうのだ。鍵盤におけるパトリース・ラッシェンに通ずるところのフルート奏者はボビー・ハンフリー。そんな立ち位置だったのではないでしょうか。

いまだに好きになれない曲もあるけど、捨てる気にもならない。そんな感じの一枚デス。



bobbihumphrey-tailormade.jpg Bobbi Humphrey/tailor made (1977)




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無罪判決㉑ AZYMUTH










正直な話、ラテン系フュージョンのアルバムはあまり持ってはいなかった。嫌いではないし、聴けばそれはそれで心地良かったりするんだけど、なぜか手が出ない部類の音楽である。それは自分がいまだ現役世代で、もっぱら音楽を聴くのは通勤・帰宅の電車の中か、排気音やタイヤの走行音が響きまくる静粛性の「せ」の字も無いローバー・ミニの車内、このどちらかと決まっているからなんだろう。アジムスのシンプルな編成による清涼感漂うインストルメンタルは、これまでの僕においては聴くシチュエーションが少なかったのだ。嫌いではないんだけど聴く機会に恵まれなかった。良いバンドとは知りつつ、ブラジルのジャズ/フュージョンならこのバンドとはわかってはいても、どうしてもネットでポチッとするのは他の音楽になってしまっていた。そしてこれから当分の間においても、だろう。

だから、今回アジムスのアルバムを裁判にかける事になったが、この“fly over the horizon”を聴いてしまうともうダメである。懐かしの「クロスオーバー・イレブン」だ。フュージョンではなくクロスオーバーと呼ばれていたあの時代に「今日と明日が出会う時」と言う粋なキャッチフレーズをクロスオーバーに掛けていた、NHKにしては素敵なセンスを持った名番組。レコードが買えなかった少年時代に毎晩せっせとエアチェックをしていたあの頃が蘇ってしまう。今こうしてブログやHPで好き放題音楽を語れるのもこの少年時代があったからこそなのだ。ついでに若かりし時のさまざまな思い出まで思い起こしてしまった。ダサかったけど、楽しかったあの頃。あ、いや、今が楽しくないわけではありませんが。

そんなアジムスのアルバムを捨てると言う事は、自分の思い出も捨ててしまうような気がする。そして、いずれはアジムスの他のアルバムも集めてじっくりと聴けるような生活になりたいものだと。よって、これも無罪判決。

ほとんど聴くことのなかったアルバムなのに、実は有罪とする理由が全く無かったと言う珍しい判例である。




azymuth-lightasafeather.jpg AZYMUTH/light as a feather (1979)








無罪判決⑳ Bill Meyers





“sky”feat.EW&F






ビル・マイヤーズ。このアルバムもイメージとして黄金期を過ぎた90年代フュージョン、と言った一方的な思い込みからもはや20年前後もCDの山の中に埋もれていた存在だった。

この人と言えばアース・ウィンド&ファイアの白人ブレーンとしてデヴィッド・フォスターと並ぶ、いやそれ以上の貢献をして来た事で知られているがとりわけキーボード・プレイにおいてはDフォスターよりも存在感を出していたと言っても過言ではないだろう。

そんな彼のリーダー・アルバムは80年代中盤から90年代にかけてゆったりとした製作期間を経て数枚発売されていた。これは3枚目にあたる作品だ。
90年代のインストものにはもうすでに魅力を感じなくなっていた自分としては1~2度聴いたきりだっただろうか。とにかく全てにおいて整然とされ過ぎていて、きれいな音色で一曲一曲が並べられているが音は右から左に通り過ぎ何も残らない…といった印象。何と自分勝手な感想だろうか。いやこの人に限らずこの時代から今にかけてのインストものはそのように勝手に決めつけてしまっているところはある。当然今回も裁判のテーブルに上がった。

今回はカー・オーディオとスピーカーを新調した車の中で聴いてみた。つまらないスムース・ジャズと決めつけていた自分勝手なイメージが覆ってしまったのだ。ヴォーカル・ナンバーを適度に挿み、ビルのキーボード・ソロもグイグイ胸ぐらをつかんで来る。聴きながらついついアクセルを踏み込んでしまうようなドライビング・ミュージックとしてもこれはイケそうだ。極めつけはモーリス・ホワイトやフィリップ・ベイリーらも集まったEW&Fメンバーがサポートする“sky”。

なんだよ、かなり良いアルバムじゃないかと。ジュエル・ケースの割れた、おそらくはビルの幼少期ではないかと思う蝶ネクタイをつけた子供の顔が写されたジャケットを眺めながらまたしても無罪判決を下してしまうのでした。


bmeyers-all.jpg Bill Meyers/all things in time (1996)







無罪判決⑲ LINX

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無罪判決⑱ CALDERA







今回裁判にかけられたのはカルデラの4th。
日本では英雄伝説と名づけられ、カルデラの作品の中では当時として一番持ち上げられたアルバムだったと思う。
その理由を推測すると前3枚と比べて本作品は全体として統一感のあるラテン・フュージョン作品として出来上がっているからだろう。

しかしながら、自分としては前3枚の方が好きだった。
いや、本当の所はこの前作「time and chance」を初めて手にしてこのバンドを知り、
その時からなんだかその得体の知れないサウンドが良くわからなかった。
それよりもEW&Fの「太陽神」でサウンド・コーディネイトしていたエデュワルド・デル・バリオの名を見つけ、さらにはラリー・ダンまで参加していると言う興味だけで少ないお小遣いを出してレコードを買ってしまったのだ。

そして20年以上も経た大人になってからウェイン・ヘンダーソンのプロデュースによる1stをCDで手軽に手に入れ、さらにはダイアン・リーヴスの歌う「スカイ・アイランズ」の存在を再確認してこのバンドの奥深さがわかり、今でも真骨頂はポップな部分を持ち合わせたラテン・ファンクにあると思っている。だからこそ、ウェイン・ヘンダーソンもラリー・ダンも居ない、キーボードのエディーとギターのジョージ・ストランツがシンプルに主役となった本アルバムのラテン・フュージョン押しは物足らない気がしていた。

しかし時と言うのは恐れ入るもので、齢も50を超えてくるともういい加減ブラック・ミュージックばかりでもないだろ?と言う気になって来る。
今では純粋にインストルメンタルのみと言うアルバムも良いなぁと思えるようになってきた。しかもこの程よいラテン感と70年代後半独特のテイストが溶け合ったクロスオーバー・ミュージック、いやぁ、悪くない。今では何故1stや「time and chance」が国内で発売されずにこの「英雄伝説」がもてはやされたのかの理由が良くわかる。早い話が自分が若かったって事なんでしょうね。




caldera-dreamer.jpg CALDERA/dreamer (1979)






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